人工乳首事件|実施例の追加と国内優先権の効果
人工乳首事件では、東京高裁が、後の出願で追加した実施例によって、請求項に係る発明の技術的事項が先の出願の開示を超える場合、その超えた部分には国内優先権の効果が及ばないと判断しました。請求項の文言が先の出願にあっても、それだけで優先権の効果は決まりません。裁判所は出願人の請求を棄却し、拒絶審決を維持しました。[1]
| 基本情報 | 内容 |
|---|---|
| 判決 | 東京高裁・平成15年10月8日 |
| 事件番号 | 平成14年(行ケ)第539号 |
| 掲載 | 裁判所ウェブサイト・知的財産裁判例 |
| 主な関連条文 | 特許法41条2項・29条の2、17条の2第3項 |
| 結論 | 請求棄却。追加実施例に対応する部分の優先権の効果を否定 |
1.弁理士試験のポイント
国内優先権を主張すると、先の出願の当初明細書等に記載された発明について、41条2項に列挙された規定の適用上、後の出願を先の出願の時にしたものと扱います。後の出願全体の出願日が、あらゆる場面で先の日に変わるわけではありません。[2]
本件では29条の2を適用する際の基準日が問題となりました。答案では、後の出願の請求項に係る発明と、先の出願が開示した技術的事項を比較します。請求項の言葉が共通していることと、追加した実施例まで先の出願に開示されていることを区別する必要があります。[1・3頁]
優先権の効果を否定する範囲は、先の出願の開示を超えた部分です。ただし、その部分を含む請求項が他人の先願と抵触すれば、当該請求項の発明について拒絶理由が生じます。「部分的に優先権の効果がない」という判断と、「請求項に係る発明が特許を受けられない」という結論を分けて整理します。[1・2、5~7頁]
2.事件の概要
出願人は平成10年10月20日に人工乳首について出願しました。その出願を基礎として国内優先権を主張し、平成11年10月8日に後の出願をしました。[1・1頁]
先の出願では、乳首の伸びやすい肉薄部と、剛性を持つ肉厚部を設ける構成を説明し、肉薄部が環状になった実施例を示していました。後の出願では、肉薄部を螺旋形状にした図11の実施例を追加しました。後の請求項1は、肉薄の伸長部と肉厚の剛性部を交互に形成する人工乳首についてのもので、図11の実施例も含んでいました。[1・1、4~5頁]
特許庁は、図11の実施例に対応する部分には優先権の効果がなく、その部分は優先期間中に他人がした出願の当初明細書等に記載された発明と同一だとして、29条の2により拒絶しました。拒絶査定不服審判でも請求不成立となり、出願人が審決の取消しを求めました。[1・1~2頁]
3.争点
争点は、後の出願の請求項に使われた構成の文言が先の出願にもある場合、追加した螺旋形状の実施例を含む部分についても、41条2項の優先権の効果を認められるかです。
出願人は、先の出願の請求項を補正したと仮定して、新規事項の追加に当たるかで判断すべきだと主張しました。また、先の実施例で請求項の発明を十分に実証していれば、実施例の補充によって優先権の効果は失われないと主張しました。[1・2頁]
4.裁判所の判断
4-1.判断の基準
東京高裁は、請求項の文言同士の比較だけではなく、後の請求項に係る発明の要旨となる技術的事項と、先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項とを比較するとしました。[1・3頁]
後の明細書に新たな技術的事項を記載することによって、請求項に係る発明の技術的事項が先の開示を超える場合、その超えた部分には優先権の効果を認めません。請求項の言葉自体が先の出願にあっても、この判断は変わりません。[1・3頁]
4-2.判断の理由
41条2項は、先の出願に記載された発明に限って、特定の規定の適用上、出願時を遡らせる規定です。先の出願にない技術的事項まで遡及させると、先願主義に反する結果になります。[1・3、5~6頁]
裁判所は、先の出願を補正したと仮定して判断するという出願人の方法自体には理由があるとしました。しかし、螺旋形状の実施例の追加は、本件では先の開示を超えます。その方法を採っても、審決が誤りになるとは判断しませんでした。[1・5~6頁]
また、裁判所は、請求項の発明を追加実施例の構成に限定して認定したわけではないと説明しました。請求項に記載された発明が追加実施例を含むことを確認し、その部分が先の開示に含まれるかを検討したものです。[1・6頁]
4-3.本件への当てはめ
図11の螺旋形状には、人工乳首がより伸びやすくなること、縦方向に圧力が加わっても潰れにくいこと、金型から抜きやすく製造しやすいことという特有の効果がありました。先の環状の実施例とは異なる効果です。[1・4~5頁]
図11の発明は後の請求項1の技術的事項を満たす実施例でしたが、先の出願には明記されておらず、そこで開示された技術的事項の範囲にも収まりません。そのため、この追加部分には優先権の効果が及ばないとしました。[1・5頁]
出願人が引用した古い公報は、乳首の内側に螺旋状の隆起部を設けるものでした。肉薄の伸長部を螺旋状に形成する本件の構成とは異なるため、螺旋形状が周知だという主張から、本件の追加発明が先の出願にも記載されていたとは認めませんでした。[1・6~7頁]
4-4.判決の結論
裁判所は取消事由に理由がないとして、出願人の請求を棄却しました。図11の発明を含む請求項1が29条の2により特許を受けられないとした審決は、維持されました。[1・2、7頁]
5.判例の射程と現行法との関係
現行41条2項も、先の出願の当初明細書、特許請求の範囲等又は図面に記載された発明について、29条の2本文などの適用上、先の出願時にしたものとみなしています。優先権の効果が及ぶ範囲を開示に即して判断する点は、現行条文を読む際にも必要です。[2]
本件は、後の出願で実施例を追加すると優先権の効果が全部失われる、という判例ではありません。裁判所が効果を否定したのは、先の出願の技術的事項の範囲を超えた部分です。追加すること自体の可否と、追加部分の基準日とは別の問題です。[1・3、6頁]
現行29条の2では、他の出願の当初開示との同一性に加え、発明者が同一か、後の出願時に出願人が同一かも確認します。本件の審決は、これらの例外に当たらないことも前提にしています。優先期間中の他人の出願があるだけで、必ず拒絶されるわけではありません。[1・2頁、2]
6.確認問題
以下は本記事のために独自に作成した問題です。
問1.後の請求項の文言が先の出願に記載されていれば、後で追加した実施例にも当然に国内優先権の効果が及びますか。
解答.当然には及びません。請求項の文言だけでなく、発明の技術的事項を比較します。追加実施例によって先の開示を超えた部分には、優先権の効果が認められません。[1・3頁]
問2.新たな実施例に対応する部分に優先権の効果がないとき、先の出願に開示された部分についても、必ず効果が失われますか。
解答.失われません。効果を否定するのは開示を超えた部分です。その追加部分については後の出願日を基準に29条の2などを検討し、抵触すれば、その部分を含む請求項の発明に拒絶理由が生じます。[1・2、3頁]
出典
- 東京高裁平成15年10月8日判決・裁判所原文。PDF1~2頁が事実・審決、3頁が判断基準、4~7頁が当てはめと結論です。裁判所の書誌情報で判決日・事件番号を確認しました。
- e-Gov法令検索・特許法。41条2項、29条の2、17条の2第3項を照合しました。
原典・現行法の照合日は2026年10月6日です。現行法は同日にe-Govで表示された施行中の条文を確認しています。